
江戸時代の船乗りの弁当がルーツの「米屋 吾左衛門鮓」
松葉ガニをはじめとする豊富な海の幸、二十世紀梨、らっきょう、長いも、白ねぎ、ブロッコリー…、食材に恵まれた鳥取県ですが、実は「郷土料理」はそう多くありません。素材の豊かな地では手の込んだ料理をする必要がなかったためなのかもしれません。県西部の地元住民が頭に思い浮かべる代表的な2つの料理を紹介しましょう。
■「米屋 吾左衛門鮓(すし)」
ホテルやレストラン経営、折詰や弁当製造などを手掛ける地元の食品大手「米吾」の製品ですが、その起源は約300年前にさかのぼります。同社の先祖は江戸時代に廻船問屋業を営んでいました。五代目の米屋吾左衛門とその妻子が、廻船の船子たちの食事として酢飯にサバをのせた弁当を用意したのがルーツです。

約300年前のサバの弁当は、最新技術で現代の山陰名物に。ラインナップも豊富です
「米屋 吾左衛門鮓」は、昆布、酢飯、サバなどのタネによく酢がなじんでまろやかな味わいが特徴。地元生まれの「氷温技術」で昆布やサバのグルタミン酸やアミノ酸など旨みが増しているのです。「吾左衛門鮓」は鮮度を保つためにマイナス60度で急速凍結、出荷直前に解凍しますが、製品の表面と中心部の温度差が少なくなるように調節された特許製造で“熟成解凍”します。このため酸味がなじんだうえに、生臭さも少ないまろやかな味と風味を実現できたのです。
「吾左衛門鮓」は、山陰名物として百貨店や観光施設で販売されるほか、通信販売もあり、JR米子駅にある同社のショップなどで食べることもできます。
現在ではサバやタイ、マス、アジ、カニなどラインナップが広がっています。約300年の伝統と最新技術の融合で実現した山陰名物をぜひ味わってください。
■「いただき(ののこめし)」
「いただき」は米子市から境港市に伸びる弓ケ浜半島の郷土料理。料理名は、その姿が「布子半纏(ぬのこばんてん)」に似ているとか、「いただきもの」に由来するなどの説があります。お祭りや祝事、仏事、秋の収穫を祝って振る舞われることが多かった家庭料理です。地区の運動会などで出されたりもします。巨大ないなりずしのようですが、全く異なる食べ物です。
油揚げの中にお米と具を詰めてだし汁で炊き上げます。ゴボウやニンジン、シイタケなどが主な具材で、家庭によっては鶏肉を加えたり、微妙な味付けも異なり、まさに「おふくろの味」。家庭料理であるため、飲食店のメニューに登場することはありません。地元のスーパーやデパ地下などでは、なじみの総菜として販売されていますが、観光客には気付きにくい名物料理でしょう。
最近ではパックになった「いただき」が空港の売店に登場するなど、「B級グルメ」として注目を浴びはじめています。
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