
現在の制服。崎陽軒100周年事業の一環として、リニューアルされました。
「スタジアムで飲むビール」「スキー場の女の子」なぜでしょうね、あの「魔法」。いつもよりおいしく、かわいく見えてしまうのは私だけじゃないはず。実は横浜にも、名物をさらにおいしくする魔法使いがいるのです。
総務省統計局の「家計調査年報」によると、横浜市は意外なところで1位になっています。県庁所在地及び政令指定都市の購買品目ランキングで、2位の佐賀市に1,000円近い差をつけているのが「焼売」!横浜は全国でも珍しい、餃子より焼売が売れる街なのです。
中華街があるから?違います。地元で100年間愛され続けているとある会社が、「焼売」いえいえ「シウマイ」を横浜名物に押し上げたのです。
明治の終わりの1908年に創業し、横浜駅(現在の桜木町駅)でサイダーやお餅を売っていた「崎陽軒」が「小田原の蒲鉾や浜松のウナギのように、横浜にも鉄道で楽しめる名物を!」と思い立ち、当時の横浜中華街でツキダシとして出されていた「シューマイ」に注目。汁も出ず、ひとくちサイズ、車内で食べるのにうってつけのシューマイを改良、点心の職人も交えての試行錯誤ののち、ホタテの貝柱を入れることで旨みを増した、冷めてもおいしい「シウマイ」をついに開発し、横浜名物として売り出しました。1928年のことです。
ただ、崎陽軒にはもう一つ、企業努力でいかんともしがたい問題がありました。それは「横浜駅の場所」。下り電車に乗ってくる人は東京で駅弁を買ってきてしまうし、上り電車の人は小田原や浜松でもう満腹に。なんとか、「わざわざ」みんなが横浜でシウマイを買ってくれる方法はないものか…。

横浜駅に彩りを添えたシウマイ娘たち。あの桂歌丸師匠の奥様もシウマイ娘だったとか。
そこに颯爽と現れたのが、赤い制服に身を包み、窓越しにシウマイを販売する「シウマイ娘」でした。「スタジアムでビール」の法則の通り、見目麗しい、朗らかなシウマイ娘に渡してもらったら、そりゃあおいしさも増すってもんですよね。戦後まもなくの1950年、みんな明るい話題に飢えていたこともあり、シウマイ娘は瞬く間に話題に。映画や雑誌で紹介され、なんとリカちゃん人形にもなったそうです。シウマイ娘とともにシウマイもさらに知られるようになり、全国区の知名度を誇る横浜名物に成長しました。
その後、冷めてもおいしい製法で詰められたご飯やおかずとセットになった「シウマイ弁当」も登場。定番の駅弁メニューとして、またイベントで走り回る神奈川新聞社員の主なエネルギー源として(笑)活躍しています。
もし、崎陽軒が、お弁当屋さんではなく中華料理屋さんだったら…シウマイは今でも中華街の食べ物で、お弁当や折詰のメニューではなかったかもしれません。
今では、贈答品に、ビールのお供に、おやつにと、箱詰めのシウマイはいろいろなところで愛されています。ホームを歩くことはありませんが、県内主要駅の売店にシウマイ娘は健在。ぜひ自分用・ご家族用・ご近所用に、3箱はお求めくださいね。だいじょうぶ、冷めても絶品ですから!!
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