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5月いらっしゃい、山ガール。

歴女もいっしょに、いらっしゃーい。

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昔から交通の要衝だった大山崎町。正面が天王山

天王山は京都と大阪の県境に位置する山、関西の方々には名神高速の混雑する「天王山トンネル」として耳なじみがあるかもしれません。この山は古くから水陸の交通の要所で、戦国時代この地で豊臣秀吉が明智光秀をうち破り、天下統一の第一歩を記した決戦の地として有名です。この天王山という言葉を辞典で調べると、「勝負を決める大事な局面、勝敗の分岐点、天下分け目」とあります。そんな天王山に「いざ!」と力んでしまいそうですが、実はこの山は手軽なハイキングスポット。標高はわずか270mなんです。

天王山中腹にある「山崎合戦之地」の碑

天王山へ続くハイキングコースは「秀吉の道」と名付けられ、随所に歴史ロマンが漂います。コースを進むと見えてくるのが宝積寺。桃山建築の三重塔は国の重要文化財で、山崎合戦に勝利した秀吉が祈願成就の礼に一晩で建てた「一夜之塔」とも伝わっています。本堂右手に進めば、山頂へと整備された道が続き、次に現れるのが秀吉の「旗立松」です。秀吉が合戦時に味方の士気を高めるためにひょうたんの旗印を掲げたとされるこの松は、初代は明治中期まで枯れ木の姿で残っていたとされ、植え替えられた松が往時をしのばせます。ここには展望台もあり、眼下には淀川が流れ京都や大阪の町が一望できます。

歴史絵巻が描かれた陶板画

コース沿いには、秀吉が天下を取るまでの過程を色鮮やかに描いた陶板画六枚が並んでいます。一人一人の旗印まで細やかに再現された屏風(びょうぶ)絵をみれば、合戦のさまが生き生きと浮かぶようです。山頂付近には中世以降たびたび城が築かれましたが、今は土塁や堀なども残るだけとなっているものの、大阪城に移るまで秀吉の居城だった名残を感じさせます。

阪急大山崎駅近くの町歴史資料館を見学後に歩けば、より天王山や周辺の歴史を楽しめますよ。また、ふるさとガイドの同行案内も依頼できます(2週間前に要予約)。
地図※大きな地図をご覧になりたい方は地図画像をクリックしてください。