
象山神社の鳥居横に立つ佐久間象山の銅像(左)
先の見えない混迷の時代、近代日本の出発点となった幕末や明治初期に関心が高まっています。ことしのNHK大河ドラマも「龍馬伝」でした。信州で幕末の偉人といえば佐久間象山です。坂本竜馬をはじめ幕末の志士たちの思想・行動に大きな影響を与えました。来年(2011年)が生誕200周年。それに先立ち、9月に故郷の長野市松代町に銅像ができました。場所は象山神社の入り口。そう、象山は地元では「神」なのです。

来年の生誕200周年を前に建てられた佐久間象山の銅像
もっとも、象山の弟子でもあった吉田松陰も、地元・山口などで松陰神社にまつられていますから、象山に象山神社があっても不思議ではありませんね。知恵の神、学問の神様です。没後50年の1913(大正2)年、孫弟子にあたる元大審院長・横田秀雄らの呼び掛けで計画が立てられ、曲折の末、1938(昭和13)年にできた神社です。その名も象山という小高い(標高475m)のふもとにあります。ちなみに象山の号は、同じくその山のふもとにある象山恵明禅寺(恵明寺)に由来するそうです。銅像はその入り口、鳥居の横に地元有志らの寄付で建てられました。高さ2.4m、台座を含めると3.9m。前脚を上げた馬上にまたがる雄々しい姿を等身大で再現しています。
国を開き、西洋の先進技術を積極的に取り入れること、身分の別なく人材を登用する必要性…。維新を支えた思想家としての功績はもとより、出発点となった漢学・儒学者としての業績、蘭書の翻訳や辞書編さんの試みをはじめとした洋学者としての活動、大砲やガラスの製造、電信実験などに示された科学の先駆者としての業績、種痘の実験など医学・薬学者の側面、書家・画家としての高い評価、ジャガイモ・ニンジンの栽培や硝石、硫黄の採集、銀鉱山の試掘といった地元松代藩で主導した殖産興業策、それらを含め全国50余藩から500人を超す門人を通した教育-など、象山の業績は実に多彩です。その才能ゆえか尊大でがんこだったとも伝えられ、司馬遼太郎らに描かれた姿は、あまりかんばしくはありません。しかし、死後150年近くたってみれば、業績はいっそう輝いて見えます。

神社の近くには業績をまとめた象山記念館もあります
なお、象山の読みは、地元では圧倒的に「ぞうざん」です。県歌「信濃の国」でも「ぞうざん・さくま先生」ですし、神社の前にそびえる山も「ぞうざん」、最寄りの長野電鉄河東線の駅も「ぞうざんぐち(象山口)」ですから。
※大きな地図をご覧になりたい方は地図画像をクリックしてください。







