「おかえり、はやぶさ」60億キロの旅を支えた人たち | 47URARA

地域情報発信!全国の地方新聞社厳選 47URARA(よんななうらら)

47CLUB

全国津々浦々の【新鮮】地元情報!“地元発!”のタイムリーな情報を毎月テーマに沿ってお伝えする『47URARA(よんななうらら)』

12月地元発!2010年の大ニュース

「おかえり、はやぶさ」60億キロの旅を支えた人たち

Bookmark and Share Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをはてなブックマークに登録

はやぶさの帰還を伝える新聞記事。日本中が快挙に沸きました(6月14日付神奈川新聞)

6月13日、実に7年の歳月を経て、宇宙科学研究所(ISAS)の小惑星探査機「はやぶさ」(第20号科学衛星MUSES-C)が地球に帰還、オーストラリアのウーメラ砂漠にカプセルを投下してその長い旅を終えました。いくつものトラブルに遭遇し、ボロボロになりながらも地球まで戻ってきたその軌跡は、インターネットを中心に多くの反響を呼び、にわかに「はやぶさ」ブームが到来しました。実は私も、オーストラリアからのWebの生放送を見るべく、パソコンの前にかじりついていたひとりです。

カプセル投下信号を確認し、拍手する人たち。多くの人がキャンパスではやぶさを応援していました。

宇宙船というのは「壊れて当たり前」というコンセプトのもとに、いくつもの安全策をあらかじめ想定して、ロケットで上げられる重さと相談しながらできる限りの仕掛けをするのだそうです。厳しい重量制限の中、なんとか緊急用のダイオードを一個付け足したり、回路をバイパスさせたり…そういう細やかな仕事はやはり日本人の得意とするところですが、宇宙の厳しい環境はそれらの想定をも上回り、地球に帰還を開始したときのはやぶさは、姿勢制御用のリアクションホイールは3基中2基が壊れ、化学燃料スラスタはすべて故障。バッテリは放電しきっているため、太陽の方を向いていないと即停電。おまけにコンピュータも故障寸前というまさに満身創痍状態。そんな中、はるか遠方の地球から遠隔操作だけではやぶさを導いた管制室が、我らが神奈川県の相模原市にあるのです。

相模原市にあるISAS相模原キャンパスは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の内之浦宇宙空間観測所や、種子島宇宙センターなどから打ち上げられた宇宙船を管制しており、はやぶさがトラブルに見舞われたときも、推進剤を吹かして方向転換したり、壊れた二つのエンジンの生きている部分をつなげて復旧させたり、あげくのはてには太陽風に機体をうまく当てて姿勢制御したりと、様々な「職人芸」でサポート。実に7年間、60億キロに及ぶはやぶさの旅を支えました。地球と太陽の距離の40倍、東京―新大阪間(515.4キロ)を5820000回以上往復できるほどの距離です。

実物大の模型が見れる展示室。日本の宇宙開発の歴史を勉強できます。

相模原キャンパスでは実物大の「はやぶさ」がみられる展示室やロケットの原寸大模型の見学のほか、宇宙食などを購入できる売店もあります。

スイングバイやイオンエンジンの分野で多くの世界初の技術を運用し、史上最も長い時間、最も長い距離を飛び、最も遠くにある最も小さい天体へ着陸、離陸し、世界で初めて地球と月以外の天体から離陸し帰ってきた、と、史上初づくしの「はやぶさ」。それを支えた日本の宇宙技術の最先端をのぞいてみませんか?
地図※大きな地図をご覧になりたい方は地図画像をクリックしてください。