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10月紅葉を見に行こう

箱根の山の東西対決!! 山は赤く燃えている!!

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昨年も美しく色づいた箱根・仙石原の紅葉(神奈川新聞11月7日付掲載写真)

県内有数の紅葉の名所、箱根・仙石原。豊臣秀吉が小田原城の北條一族に戦いを挑んだ「小田原の役」で、秀吉方の武将・仙石秀久が奮戦したことを記念して名づけられたといわれています。仙石は、九州攻めで敵前逃亡をし、秀吉に領地を没収された後、徳川家康に陣借り(無給での志願兵)として参加。箱根の山を降りてすぐの小田原城早川口(現在の西湘バイパス早川IC付近)の城の要所を占拠するなど、抜群の活躍をして秀吉に再度仕官を許されました。(まぁ地名の常で、源頼朝が『ここは米が千石とれそうだ』といったからだとか、諸説あるのですが…)秋には美しい紅葉を楽しむことができ、さらに黄金色に輝くススキの野原が訪れる人を魅了します。また、周囲には箱根ラリック美術館をはじめ、ポーラ美術館、星の王子さまミュージアム、箱根ガラスの森等の美術館が点在し、美術館を回るだけでも一日楽しむことができます。

今でこそ関東を代表する温泉街に成長した箱根ですが、江戸時代の「温泉番付」では前頭格で、ランキングで言えば、ベスト10圏内外をうろうろしていたといわれています。そんな箱根の転機になったのが、映画の題材にもなった「箱根山戦争」。西武系の駿豆鉄道が、もともと小田急が路線を持っていた強羅から南のバス路線に参入。かたや芦ノ湖では、小田急グループの箱根観光船が、駿東鉄道グループが独占していた湖上交通に参入。これにより両者の態度は硬化し、東急対西武という巨大グループ同士の熾烈なシェア争いに発展しました。

両グループが気合を入れてインフラを整えますから、確かに箱根は便利になり、特にアクセスの面で他の追随を許さない観光地に発展しましたが、当然イザコザも絶えません。一方が「ここはウチの社の私道だ」といって相手のバスを止めれば、一方は「それなら空を行くよ」とケーブルカー・ロープウェイを整備する始末。芦ノ湖に足を運べば両社の遊覧船がそれぞれ浮かんでいたり、同じ場所に名前の違うバス停が立っていたりと、まさしく山を二つに割った東急と西武の「東西冷戦」が繰り広げられました。

米ソの「東西冷戦」が終結してからはや20年ですが、箱根の冷戦が終わったのは、なんと21世紀に入った2003年!世代交代があり、70年代には和解に至っていたものの、なお両社のサービスは自社施設や交通機関のみに限定されていたので、両社の業務提携は地元に大きな驚きをもって迎えられました。それからは徐々にではありますが、クーポンやフリーパスの相互運用や、共通フリーパスの発行などを目指して提携を進めています。箱根にお越しいただいた折には、景色を楽しみつつ、そんなマニアックなことを気にしながら歩いてみると、面白いかもしれませんよ?