
無農薬で化学肥料を使わずに育った安全・安心の素朴なミカン
透けるような白い肌の女性だった。高校を卒業して間もないくらいだろうか。「ハローワークの紹介で来ました」。

有明海に臨み、日当たりの良い温暖な多良岳の斜面に育ったミカン
宝の海・有明海を望む高台。海に迫る多良岳山系。日当たりのよい斜面にミカン畑が広がる。干潟の運動会「ガタリンピック」会場はすぐそこだ。雄大な自然に抱かれた中、作業は進む。農薬は使わない。ミカンの木の脇で腰まで伸びた雑草を長い棒でなぎ倒す。
「想像以上に大変な仕事なんですよ。あんな細くてかわいらしい子が務まるかな」。職を求めてやってきた女性と面接した農園の主・佐藤さんは心配そうだった。とにかく丹念に手間を掛ける。倒した雑草が枯れても、また新しい雑草が伸びてくる。繰り返し繰り返しなぎ倒す。そのうち枯れた雑草が肥料になる。20年以上の試行錯誤を重ねて「自然農法」と呼ばれるこの農法にたどり着いた。収穫したミカンはどことなく昔懐かしい味がする。東京で佐藤さんのミカンができるのを心待ちにしている人がたくさんいるという。

豊かな自然に恵まれた有明海を舞台に開かれる干潟の運動会「ガタリンピック」
日当たりがよく温暖な多良岳山系を切り開き、1960年代、ミカンは一気に増産。県別のミカン生産量は和歌山、愛媛、静岡の御三家に次いで4位となり、「佐賀みかん」のブランドが確立されたのが70年代。しかし、生産過剰で価格が暴落し転換が余儀なくされた。生き残り策として浮上したのがハウス栽培。玄界灘に望む斜面に作付けした東松浦郡浜玉町・七山村(現在は唐津市)では露地栽培からハウスへ大転換。10月に収穫される露地ものが消える4月から9月に合わせて出荷。ハウスミカンでは1986年から日本一を維持している。「最高のミカンが取れた年の気候をハウス内で再現する」というハウス栽培。こちらも露地にひけを取らず重労働だ。
これだけ愛情たっぷりに育てたミカンだからこそ、こんなに香り高くて甘いのだろう。先日、訪れた佐藤さんちで、早速元気に働いている彼女がいた。佐藤さんのミカンは収穫したら磨いたりせず、そのままで出荷する。自然の力でミカンにバリアを張り、長持ちするからだ。彼女も日焼けするだろうが、ミカンのように素朴で長持ちしてくれることを願った。
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