▽柿の歴史と奈良
正岡子規の俳句に「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」(明治28年)と詠われた奈良の柿。
柿と奈良の歴史は古く、橿原市醍醐町の藤原宮跡からは柿の種子が出土している。ただ「古事記」「日本書紀」には地名、人名として出てくるのみで「万葉集」にも見られない。
柿が果樹や果実として初めて文献に登場するのは平安時代の「本草和名」(918年)。「延喜式」(927年)では「熟柿子」「干柿子」が祭礼用菓子として使われていた。ただ数量を数えるのに「個」ではなく「升」が用いられて、県果樹振興センターでは「小さな柿だったのだろう」と分析している。
鎌倉時代になると「庭訓往来」に甘柿の栽培を示す記述あり、1214年に神奈川県川崎市で見つかった「禅寺丸」が日本初の甘柿とされる。
江戸時代には初めて完全甘柿「御所」が登場。「色は黒いが味みておくれ、味は大和のつるし柿」といわれ、日本の食物全般を説明した「本朝食鑑」(1697年)では、奈良から京都にかけての柿は上質と評価された。奈良の柿は当時から知名度が高かった。
▽県内の生産地
五條市西吉野町から下市町にかけて柿が植えられたのは明治末期ごろ。昭和5年に共同出荷販売で命名された「延命柿」は市場から注文が殺到した。同49年から五条吉野国営総合農地開発事業で新たに果樹園526ヘクタールが整備され、市町村別では日本一の生産地になった。
天理市では戦後、「平核無(ひらたねなし)」の単作地帯として発展。昭和55年、同市萱生(かよう)町の農家、刀根淑民さんの農園で突然変異から「刀根早生」が発見され、品種登録された。御所市は県内の中でも最も古い産地の一つで、完全甘柿のルーツとなる古来品種「御所(ごしょ)柿」で有名。最初にハウス栽培を導入した。
平成19年度の県別生産量では、和歌山(5万2400トン)に次いで奈良は2番目(2万8100トン)。3位は福岡(2万400トン)。ちなみに全国総生産量は24万4800トンで、果実1個(240グラム)で計算すると、10億個分に相当するという。

柿博物館
▽柿博物館
五條市には柿をテーマにした博物館「柿博物館」がある。オレンジ色の柿の形をしたドーム型の建物の中では、柿や柿の加工品・柿の渋による染織などの展示や大型映像での柿に関するクイズなどが楽しめる。 11月には、100品種余りの大小様々の色んな形の柿を展示している。
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