
ダムの駅富士「しゃくなげの里」からは工事中の嘉瀬川ダムを望むことができる。休日には福岡都市圏などから多くの人が訪れる
小学生のころ、お盆と正月は必ず映画館に出かけた。お目当ては「男はつらいよ」。山田洋次監督と渥美清のコンビで1969年から95年まで上映された名作。同級生たちが見ていた「東映まんがまつり」には目もくれず、「フーテンの寅さん」の下町を舞台にした失恋話になぜか心惹かれるものがあった。ませた子どもでシリーズごとに出てくるマドンナ役に憧れていたというわけでもなかった。今振り返ってみると、郷愁という思いになるのだろうか。いつもほんわかした気持ちで見ていたのを思い出す。

「男はつらいよ・ぼくの伯父さん」のロケ風景。水没地区の当時、佐賀郡富士町東畑瀬で1989年撮影された
公開された48作品のうち、89年に公開された42作目「ぼくの伯父さん」は佐賀県が舞台になった。マドンナ役は後藤久美子。美少女ブームに火をつけた「ゴクミ」は当時15歳。相手役は寅さんではなく、妹さくらの息子の満男。「北の国から」「Dr.コトー診療所」など田舎暮らしのイメージが合う吉岡秀隆が演じた。東京の葛飾・柴又から家出して初恋の相手をオートバイで追ってくるという設定。
古湯映画祭で有名な山あいのまち佐賀市富士町をメインロケ地に吉野ヶ里遺跡などで撮影された。佐賀でロケをするきっかけになったのは、地元の小学生の一通の手紙から。「寅さん、ぼくらの町はダムの底に沈みます。ダムができる前にぜひ来てください」。思いが山田監督に通じ、水没する富士町東畑瀬地区が映画に収められた。
あたりは佐賀市から唐津市に通じる国道323号。2012年の完成を控えた嘉瀬川ダムの工事が進み、沿線は様変わり。4月にはダムの堰堤を展望できるレストランと農産物直売所がオープンした。ダムの駅富士「しゃくなげの里」は屋外テラスのあるレストランにバラエティーに富んだ旬の野菜が並ぶ。福岡都市圏から車で1時間以内と、近くの直売所は福岡ナンバーの車が列をなす。
付近をドライブした回想に浸りながら原稿を書いているうちに気づいた。「男はつらいよ」を見て、身につまされる思いがあったのだ。不器用で、マドンナに恋焦がれる思いを伝えられない「寅さん」に自分の姿を重ねていた。そして、今でも共感できる。あのころ以上に。横から原稿をのぞき見た同僚が「そうそう」と手をたたいて笑った。
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