
鳥居があるが、実は日蓮宗の修霊場だ。
実は大阪には幾つものパワースポットが存在する。全国の住吉神社の総本社の住吉大社やお庭番が数々の恋愛を成就させてきたお初天神こと露天神社とかね。今回紹介するのは「能勢のみょうけんさん」。京阪神に住む人々は、「開運祈願」のパワースポット妙見山のことを親しみと畏敬の念を込めてこう呼ぶ。妙見山には、鳥居があり、「妙見宮」と呼ばれることもあるので、神社だと思っている人もいるかも。でも、本当は日蓮宗のお寺「眞如寺」の一部。同寺の飛び地境内で、正式には「無漏山眞如寺境外(けいがい)仏堂能勢妙見山」というんですよ。

桜川サイダーとのセットが受験生に人気の五角(合格)鉛筆。
妙見山を開いたのは清和源氏の末裔、能勢頼次。頼次は、本能寺の変に際し、明智光秀に呼応し挙兵するも秀吉軍に敗れ、中国地方に落ち延びる。備前の妙勝寺で「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えて能勢氏再興を願う日々を送っていた頼次は、やがて徳川家康に召し抱えられる。慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いで戦功を上げ、かつての能勢氏の領地を与えられる。「能勢家が再興できたのは、法華経信仰のおかげ」と仏への感謝の念をふくらませた頼次は、身延山久遠寺の法主(ほっす)日乾上人に帰依し、広大な山屋敷を寄進したことから、眞如寺が誕生した。日乾上人は能勢氏が古くから祀ってきた「鎮宅霊符神」を法華経の守護神「妙見大菩薩」とし、武運長久を願って武具甲冑と剣を身につけた妙見大菩薩のご尊像を自ら彫刻し、能勢の領地が一望できる為楽山の山頂に祀ったことが能勢妙見山の始まりだ。
江戸の下町本所の能勢家下屋敷に、妙見大菩薩のご分体を祀ったところ、大いに江戸の人々の信仰を集め、幕末の偉人、勝小吉と勝海舟親子も熱烈に詣でたという。そこは今も妙見山の東京別院として参拝者で賑わっている。

星と矢筈をモチーフにした星嶺は一見の価値があるおしゃれな建造物だ。
妙見大菩薩は北極星の神様で、常に北を指し人に正しい先行きを指し示す「開運の神」。受験などにもご利益があるといわれ、五角形の「合格鉛筆」が合格グッズとして人気だ。一方、妙見大菩薩の『妙』という字が「美しい、清らか」、『見』は「目で見る」から転じて「姿形」という意味から、「妙なる姿=美しい姿」ということで、古典芸能や芸能界にも信者が多い。江戸時代を代表する人形浄瑠璃・歌舞伎作者の近松門左衛門も熱心に信仰したという。
歴史と由緒ある能勢妙見山には一際目を引くモダンな建物がある。建築家・高松伸氏が設計した「星嶺」がそれ。妙見大菩薩の降臨をイメージし、「星」と能勢家の家紋「矢筈」をモチーフにデザインされている。関西空港から大阪湾一帯、阪神間から淡路島まで一望できるのでデートスポットとしてもオススメ。鳥居横の売店では桜川サイダーも販売している。参拝で精神を癒した後は、爽やかなサイダーで喉も癒してみては!
(写真撮影:子安ひろみ)
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