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初夏の保津峡、渓谷の旅

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峡谷を下る保津川下り

京都市から北西に京都縦貫自動車道を通ってほど近い、明智光秀ゆかりの地、「丹波の国」亀岡。その亀岡から嵐山の渡月橋にいたる奇岩や深淵、激流が独特の渓谷美を誇る景勝地、保津峡。

嵐山から亀岡へ向かうトロッコ列車

その保津峡を舞台に人気を博しているのが、私(紹介者=SAT)も乗ったことのある、「保津川下り」。舟が進むは、巨岩をはじめ、四季折々の表情を見せる山々や、しぶきをあげて落流する水、神秘をたたえた鏡のような渕など、保津峡谷の豊かな自然美が堪能できる京都・嵐山までの16キロ。自然美とスリルを満喫しに、年間通じて20~30万人の観光客が訪れる。

また、「保津川下り」と並んで有名なのが、嵯峨野観光鉄道が運行しているトロッコ列車。保津峡を縫うように走り、こちらもまた保津峡谷の自然を堪能できる。列車の途中、エメラルド色の川面に目を向けるとそこに川下りの舟が。列車と船の乗客が互いに手を振り合うのも恒例だ。

急流に挑むラフティングボート

しかし今でこそ、ゆったりとした川下りなどを楽しめているが、観光化が進んだのは明治以降。その昔、保津峡は今より急流で岩場が多く、丹波産の米や薪炭などを舟で運ぶことはできなかった。開削工事が行われたのは、今から約400年前。朱印船によるベトナム貿易で財をなした豪商・角倉了以(すみのくら りょうい)により1606年に完成された。京都で育った了以は、岡山県で浅い川を自由に往来する高瀬舟をヒントに、開削を決意。私財を投じ、大岩を砕くために火薬まで用いる難工事の末の大事業達成であった。その後、明治時代になるとトラック輸送が発達して水運は廃れ、舟には峡谷美を楽しむ観光客が乗るようになった。それが今の「保津川下り」の原点となっている。

近年では、保津川の急流を利用したラフティングや保津峡から清滝へのハイキングなども人気となっており、楽しみ方も様々。この夏、歴史を知り、故人の功績に感謝しながら、保津峡谷が織り成す雄大な自然と人間の叡智の結集とも言えるこの峡谷を全身で体感してみてはいかがだろう。


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