
2010年の新作立佞武多「又鬼(またぎ)」。高さ23メートル
青森の夏は短い。
梅雨が明け、ようやく夏らしくなる7月末から8月上旬に各地の夏祭りが集中して、人々はここぞとばかりにパワーをさく裂させます。祭りが終わればつわものどものが夢のあと、心に早くも秋風が吹き、過ぎ去った夏を恋い、とり残された我が身を憂う。実際は8月下旬まで暑さがたっぷり続くというのに…どうしようもない人たち。もちろん、この私を含めて。
筆者の故郷、五所川原市では、毎年8月4日から8日まで、高さ20m超の立ち姿の人形ねぷたが街を練り歩く「五所川原立佞武多(たちねぷた)」が行われます。

3台の立佞武多による「お見合い」。祭り最終日のクライマックス
旧金木町出身の文豪・太宰治は、小説「津軽」で、五所川原を「善く言えば、活気のある町であり、悪く言えば、さわがしい町である」と書きました。当時は商業がさかんで「五所川原商人」たちが闊歩したこの街。現在はかつてのにぎわいを失っていますが、地元民のあけすけで、まっすぐで、情熱的という特徴的な市民性は、太宰のころと大差はないのでは。
明治・大正期に運行され、その高さはゆうに十間(約18m)、12km離れた金木からも見えたと伝えられる当時のねぷたも、いかにも五所川原人が熱中してやりそうなことです。しかしそれも、電気の普及で市中に電線が張りめぐらされると突如姿を消してしまいました。それから約80年後の1996年夏。3枚だけ残っていた貴重な運行写真に胸を熱くした市民有志が、手弁当で高さ約20mの人形ねぷたを制作し、岩木川河川敷で運行しました。度肝を抜く巨大なねぷたと、復活へ懸けた人々のストーリーは大きな反響を呼び、98年から市の支援で祭りが行われることになりました。
立佞武多を見上げ、口をあんぐりと開けてしまった時の気持ちは忘れられません。5階建てのビルの上に、立佞武多の顔。よくこんなもの、復活させようなんて思って、実際作っちゃったもんだ。その昔に立佞武多の行く手を阻んだ電線を、運行のため市がすべて道路と並行に付け替えたというのも驚き。やっぱ五所川原人だよ…。その超越ぶりに苦笑、そしてちょっと誇らしい。

岩木川河川敷で行われる花火大会
祭り前日の8月3日に岩木川河川敷で開く花火大会は、打ち上げ地点と観客席が比較的近いことと、音響効果を駆使したショーアップが人気。スターマインを中心とする5000発の花火が、川面から壮大な噴水のように次々と繰り出される様子を、地元民は土手に腰かけて堪能します。五所川原人が夏に酔いしれる1週間、ともに夢におぼれましょうぞ。







