
国威発揚のシンボルとして建てられた平和の塔。現在は家族の憩いの場となっている。
宮崎市北部の小高い丘が平和台公園と呼ばれ、建設当時は日本一の高さと称された「平和の塔」(高さ36.6m)がそびえています。
いまや日本全国、人口10万人規模ならどこにでもあるビルの高さですが、1940年の完成当時は日本で一番高い建物とされていました。太平洋戦争開戦前年の皇紀2600年を祝って建立されましから「日本一」としなければならなかったのでしょう。木造なら奈良・東大寺大仏殿の方が高いと思いますが…(汗)。

宮崎市内の小高い丘の上に建設。当時は日本一の高さと称された。
現代風に言えば一大モニュメントです。国威発揚のために「八紘一宇」(はっこういちう=日本を中心に八方を一つにするの意)と勇ましい文字が、塔の中心に書かれていました。秩父宮のご真筆ですが、戦後、GHQによってこの文字が削り取られました(その後、復刻)。台座の石は世界から集められ、東京オリンピックの聖火リレーの出発地にもなったことから、広く「平和の塔」として知られるようになったのです。
台座の石は戦争のまっただ中にあった中国から運ばれてきたものが多く「侵略行為の象徴」とする人も少なくありません。宮崎が「新婚旅行のメッカ」と呼ばれた高度成長期には、奇岩の並ぶ青島や鵜戸神宮とならんで屈指の観光名所でした。それが、いまや、東国原知事で有名になった宮崎県庁よりも観光客数が少なくなってしまいました。
県内の観光主流コースからはずれたとはいえ、埴輪公園や遊歩道、運動公園もあり、ぼんやりと過ごすには、もってこいの場所です。茫洋と眺めているぶんには何も感じませんが、じりじりと近づいていくと、やっぱり国威発揚です。その大きさに圧倒されます。階段前には六角の踏み石があり、ここで手を打つと、塔に反響した音がビーンと返ってきます。こうも多くの人がパンパン手をたたかれる場所としては「日本一」でしょう。神社以外の場所としては。
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