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急勾配が生んだ名物弁当

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妙義山をバックにのどかな田園地帯を行く信越線

信越線は、群馬県の高崎駅から長野駅・直江津駅を経て新潟駅まで258.3キロを結ぶ路線でした。1997年10月の長野新幹線開業で、かつての難所・碓氷峠越えの横川駅―軽井沢駅間が廃止され、鉄路は碓氷峠を挟んで2つに分断されました。群馬県側は、高崎駅ー横川駅間の29.7キロ。今は1時間に1―2本ほどの普通電車が通勤、通学の足となっています。

高崎駅を出発した電車は約10分で安中駅に到着。斜面に建設された「東邦亜鉛安中製錬所」が左手に見えます。要塞のようにも見えるプラントは、工場マニアに人気です。

安中駅の次は磯部駅。碓氷川沿いに温泉旅館が建ち並ぶ温泉郷へは徒歩5分。 温泉マーク発祥の地と言われています。

碓氷峠の鉄道の歴史が学べる碓氷峠鉄道文化むら

磯部駅を出発すると、妙義山の荒々しい輪郭が車窓からもハッキリ見えるようになります。赤城山、榛名山とともに上毛三山に数えられる妙義山は紅葉の名所です。

高崎駅から33分で群馬側の終着駅・横川に到着します。新幹線開通により廃止になった、横川駅ー軽井沢駅間の碓氷峠には国鉄・JRで最も急な勾配がありました。峠越えのためには専用機関車のアシストが必要で、すべての列車は機関車連結のため長時間停車しました。この時間を利用して売っていたのが、有名な「峠の釜めし」です。

横川駅で下車するとすぐ目に入ってくるのが「碓氷峠鉄道文化むら」。かつての横川運転区跡地に1999年、旧松井田町が建設した体験型テーマパークで、碓氷峠の鉄道の歴史が学べます。

碓氷峠の急勾配を上るために使われた「アプト式」は歯車式の車輪とラックレールを組み合わせ、急坂を上る鉄道技術。日本で初めて横川―軽井沢間で採用され、1963年まで使われました。碓氷第三橋梁(めがね橋)はアプト式鉄道のために造られたもので、これらの鉄道施設一式が1993年、国重要文化財に指定されました。

碓氷峠鉄道施設の一つ「めがね橋」

アプト式に代わり、峠越えを担ったのがEF63電気機関車。横川―軽井沢間専用として活躍し「ロクサン」「峠のシェルパ」などの愛称で親しまれました。「碓氷峠鉄道文化むら」ではロクサンの運転体験もできます。
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