
聖徳太子
聖徳太子は実在したか?西暦547年、奈良飛鳥に生まれ、本名は、厩戸(うまやど)だ。厩戸の前で生まれたから、蘇我馬子の家で生まれたから、また、生誕地の近くに厩戸という地名があるから厩戸と呼ばれた。など、多くの説がある。
聖徳太子という名は、古事記にも日本書紀にも出てこない。平安時代から用いられた呼名とされ、最近は日本史の教科書にも厩戸皇子と記載されているケースがある。太子は「生まれた時、右手に仏舎利を握っていた」「2歳のときに南無仏と唱えた」「一度に10人に話を聞いた」など数々の伝説に彩られている。

法隆寺
今から1400年前、17条憲法をつくり、中国と対等の国交を結び、理想の国家を夢みながら、晩年は、仏教思想を深めることに全てをささげた太子。幸せなことに私たちは、その太子の面影に、世界最古の木造建築物「法隆寺」で出会うことができる。当時、太子が飛鳥まで馬で通ったといわれる「太子道」も残っている。
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