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白鳥大橋の生みの親・猪瀬寧雄氏

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ライトアップした白鳥大橋

北海道の室蘭港に架かる橋長1380m・東北以北最大の吊り橋「白鳥大橋」は、構想から30年の昭和60年9月26日に着工、13年間の歳月を経て平成10年6月13日に開通した。

白鳥大橋記念館みたら

この大事業は、猪瀬寧雄・初代室蘭開発建設部長(昭和26年8月―31年12月)が昭和30年の室蘭民報元旦号に初夢と題し「管内の1級国道36号の橋梁全部が、米国のガリオア・エロア資金で永久橋とすることが決まった」のを踏まえて、「これらの河川架橋が終わった暁には、白鳥湾に虹をかける大橋を建設したいものだ。かならず出来る、出来たぞ」という文脈で熱っぽくつづられた「白鳥横断橋」構想がスタートだった。

馬蹄型の地形でリニア型の都市と呼ばれた室蘭は、猪瀬氏の“夢”が活字になったことで注目を浴び、住民悲願の「白鳥大橋」が完成した。まさに生みの親ともいえる。

現在、サークル都市に生まれ変わった室蘭、そしてライトアップされた「白鳥大橋」は西に洞爺湖温泉、東に登別温泉を擁する西胆振観光の一翼を担っている。橋畔の祝津地区には白鳥大橋記念館「みたら」がある。

猪瀬寧雄氏

猪瀬氏は明治41年11月29日、奈良県生まれ。昭和6年3月に東京帝国大学工学部土木科卒業後、千葉県庁、建設総署(北京)など経て建設省初代室蘭開発建設部長、北海道開発局長、同開発事務次官、日本建設コンサルタント社長などを歴任した。

特に橋梁工事に精通し、手掛けた特徴のある橋梁が数多く現存する。北海道胆振との関わりは深く、苫小牧港の築設工事に際し港内に砂の流入を防ぐ基礎を明確にさせたことにより、我が国初の掘り込み式人造港の苫小牧港建設を実現させた。

参考文献「特版白鳥大橋1」(室蘭民報社)、「猪瀬寧雄さんを偲んで」(猪瀬寧雄氏追想録刊行会)
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