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4月ご当地英雄特集

外国人技師の今も残る偉業とは

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「治水の恩人」と銘打たれた船頭平河川公園のデ・レーケ銅像。

“ヨハネス・デ・レーケ”という人物をご存知でしょうか?
写真の銅像の人物です。

彼の活躍の舞台は明治時代、岐阜県の南西部、輪中地帯と呼ばれる現在の海津市の辺りです。
この地の多くの人が、デ・レーケのことをよく知っています。

海津は、木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川の大型河川)の集まる下流域で低地のため、かつては水害に度々見舞われました。
江戸時代には、幕府により宝暦治水といわれる河川改修工事が行われます。
この事業に協力することになった薩摩藩については、多くの悲劇的な犠牲が払われ、今も語り継がれています。
ですが当時の技術的・政治的な事情により抜本的な水害対策に至らず、その後も当地の人々は苦しめられます。

そして明治政府により招聘されたのがオランダ人技師デ・レーケでした。
綿密な実地調査と的確な工事計画、さらに高い技術力によって、30年以上をかけて工事は完了。水害は激減しました。

昨年の木曽三川公園チューリップ祭の様子。(岐阜新聞社提供)

長く日本に滞在したデ・レーケは、大阪の淀川の改修なども手がけたそうです。
彼の偉業は冒頭の銅像だけでなく、いたるところで今も称えられています。

ちょうどこの情報が掲載される時期に開催している「チューリップ祭」は、そのひとつ。
デ・レーケの功績などを紹介している木曽三川公園センターで開催されるこのイベント、
オランダにちなみ、その名のとおりチューリップが咲き誇ります。
ムスカリの花などと合わせてその数26万本。見ごたえがあります。
今年は4月3日から18日まで。暖かさが心地よいこの時期におすすめのおでかけスポットです。
公園の周りを流れる勇壮な木曽三川の流れを眺めて、デ・レーケの偉業に思いを馳せてもみてください。

べーめんでお馴染みのレイク・ルイーズ。

もうひとつご紹介するのが、同市内の飲食店「レイク・ルイーズ」。
米粉で作った米麺(べーめん)で有名な同店。いろいろな米麺の食べ方が味わえます。
水害に見舞われることがほとんどなくなり、安定したお米の生産ができるようになった木曽三川下流域。
ここでも、デ・レーケの偉業を感じることができるのではないでしょうか。
地図※大きな地図をご覧になりたい方は地図画像をクリックしてください。

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