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夢は「小田野直武」で大河ドラマ!

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小野田宣武宅跡

ナナコは最近、大河ドラマにはまっています。坂本龍馬を描いた「龍馬伝」、かかさずに見ています。高知・土佐は観光客で大にぎわい。200億円を超える大きな経済効果もあるとか…。

秋田の歴史を語るうえで欠かせないのが小田野直武です。「この人だれ?」と思う人も多いと思いますが、実は杉田玄白の「解体新書」の挿絵を書いた一人です。と聞けば「あ~、中学校の教科書で見た」と言う方も多いのではないでしょうか?

角館町平福記念美術館

角館町裏町で1749年に生まれた直武は、小さな時から画才を発揮しました。直武は1773年、鉱山開発の指導のために秋田藩を訪れた平賀源内と出会いました。源内から西洋画の陰影法や遠近法を教えられた直武はその技法に驚嘆し、源内が秋田にとどまっている間、源内に同行し、洋画のほかにも物産学、本草学について学んだということです。

その後、源内に画才を認めてもらった直武は江戸に上り、その才能を思う存分発揮しました。「解体新書」に見事な解剖図を提供した直武は、次第に本格的な洋風画を描き、「秋田蘭画」という画風を確立。その後の画人に大きな影響を与えました。でも、直武は1778年に江戸で「遠慮」の身となり、失意のうちに1780年に32歳で夭折しました。

「遠慮」となった経緯などはなぞのまま。「なぞ」の多い偉人はドラマが描きやすいですよね。直武の周辺には平賀源内、杉田玄白と言った歴史上の偉人もうようよ。小田野直武を主人公に大河ドラマを制作してくれないかなぁ~。1年間、十分楽しめると思うんだけどなぁ…。
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