
稲佐山から見た長崎市街の夜景。「宝石箱をひっくり返したような」という表現はもはや聞き飽きた
「100万ドルの夜景」とは、長崎の代名詞のひとつである。それほどまでに、高台から見下ろす夜の長崎の街のあかりは美しい。
もっとも、その輝きの秘密は、すり鉢状といわれる街の地形に、住居がびっしりと建ち並んでいるため。斜面地にも家々が軒を連ねる姿は、他地域の人たちから驚かれたりもする。
そう。「坂の街」はナガサキのもうひとつの代名詞。車の通らない細い階段の坂道も少なくない。龍馬ブームで注目される長崎市亀山社中記念館も、車が進入できない坂の上にあり、とにかく歩かされる街だ。
だから、こんな街で新生活を送る人たちは、慣れるまでに大変な思いをする。都市部の大学を出てこの街に住んだ当初は、息切れと流れ出る汗に閉口する毎日だった。

山の頂に向かって、びっしりと建ち並んでいる家々。長崎の平地の少なさの表れか
そんなある日、社員研修で新聞配達に同行した。こんな坂の家々に何十軒も新聞を配り歩くなんて…。しかし、そこで遭遇したのは不思議な体験だった。歩いても息切れしないのだ。
理由は、実は単純だった。
ゆっくり、歩いただけのことだった。
慣れた新聞配達員は自分のペースでゆっくりと歩いた。せわしない都市の雑踏の速度にいつしか巻き込まれ、引きずられていた自分に気づく。彼の歩みはスローモーションのように感じたけれど、息切れをせず、着実に最後まで新聞を配りきることのできる速度だった。心地よくもあった。
街には街の速度がある。
新しい生活を始めて辛く感じたときは、街の速度をようく見つめ、自分に合ったペースを見つければいい。







